つくば市専用防災アプリの制作

ケース
2023年5月12日

研究の概要

背景と目的

つくば市には、筑波山麓周辺や茎崎地区などに、土砂災害警戒区域として指定されたエリアが存在する。さらに市内には小貝川、桜川、谷田川の3河川があるなど、雨による災害リスクが高い地域とされている。このような地理的背景のもとで、つくば市役所危機管理課から、次の2つの課題が示された。

1つ目は市役所職員のマンパワーに関する課題である。災害時には膨大な業務処理が発生し、それと並行して市民からの多くの問い合わせへの対応が求められるが、限られた人数での応対には限界がある。また、市内には多くの外国人が生活しており多言語での情報発信が必要となるが、調整には人的コストを要する。

2つ目は市民の避難判断に関する課題である。浸水想定区域や土砂災害警戒区域などに居住しているため避難すべきであるのに避難しない人がいる一方、避難の必要のない人が避難所に来ることで避難所が一杯になるという事態が発生する。このように市民自らによる適切な避難判断が出来ないことが、更なる問い合わせの増加に繋がる可能性がある。

以上を踏まえ、市民それぞれが日頃から防災意識を持って災害に備え、災害時には自ら判断し適切な行動を取ることができる状態を目指すべき将来像として設定した。そして、この状態を実現するための1つの方策として、つくば市専用の防災アプリを制作することを検討した。

以下の3点を本プロジェクトの目的とし、つくば市防災アプリのプロトタイプの制作と提案を行う。

  1. 市民の防災に関する現状と課題を把握
  2. デザインや機能などアプリの仕様を検討
  3. ハザード内外判定の技術検証

調査

概要

アプリの制作を前提に、日頃の防災意識や、災害に関してどのような情報を必要としているか、何が困りごとかなどを把握するため、アンケート調査とヒアリング調査を行った(表1、2)。

対象つくば市内に在住、通勤通学している人
方法Microsoft Formsによるウェブアンケート
期間2022年12月5日〜2022年12月17日
回答数126名
内容基本属性、防災意識、対策状況、防災アプリに対する利用意向など
表1 アンケート調査概要
対象市内のハザードエリアに住む高齢者4名
方法各ご自宅を訪問しての対面でのヒアリング
日程2022年12月7日
内容災害時の情報伝達に関する現状と課題、災害時に必要としている情報、
アプリに対する抵抗感
表2 ヒアリング調査概要

結果

アンケート及びヒアリングの調査より明らかになった課題は以下の3点である。

1つ目は、防災意識が低いことである。アンケート調査で最も多かったのは、災害に関して「身近なことだとは思うが普段は意識しない」という回答である。ヒアリング調査では、河川の目の前に住んでいて実際に増水の状況を目の当たりにした人と、そうでない人の間では防災意識に大きな違いが確認できた。そのため、平時から防災に触れることができ、防災意識を高める仕組みが必要であると考えた。

2つ目は、情報が多く分かりづらいことである。どちらの調査でも、情報が多すぎて何をもって判断すれば良いのかが分からないという声が多くあった。また、高齢者の方はアプリに対して抵抗感があり、出来るだけ分かりやすく簡単なものを求めていた。そのため、多様な主体が発信する情報を一括で確認できることや、シンプルなデザインとすることが必要であると考えた。

3つ目は、避難判断に難しさを感じていることである。災害情報は広範囲に一括で発令されるため、個別の地区に合わせたより詳細な情報が欲しいという声が多かった。そのため、位置情報に基づいた情報発信が重要であると考えた。

アプリの仕様と検討

アプリの制作にあたり、より多くの方に利用されるものとなるためにはどのようなデザイン、機能とすべきかの意見を集約するために、ワークショップを開催した(表3)。

日時2023年1月23日 16:30〜18:00
場所筑波大学 3F棟 11階 学生ラウンジ
参加者筑波大生 8名
内容マイ・タイムラインによって災害時に必要な情報や行動を整理した後、
それをどのようにアプリ上に落とし込むか、アプリの仕様を提案してもらう。
表3 ワークショップの概要

各々の参加者にマイ・タイムライン (市民1人ひとりがあらかじめ決めておく防災行動計画)を作成してもらい、それらを1つにまとめた(図1)。この作業からは、居住地の災害危険性や身体的状況によって必要となる情報や行動が異なることが確認された。

図1 マイ・タイムラインでの情報整理

ワークショップでは、アプリの仕様に関する次のような意見が挙がった。

  • 必要な項目をシンプルに大きく表示する。
  • 段階的に必要な情報を確認するフローとする。
  • どこを確認すれば必要な情報が得られるのか、情報発信元をリスト化しておく。
  • 防災に関する知識をクイズ形式で学べるようにする。
  • 属性を最初に入力することで、個人によって案内が変わる。
  • 災害が起こりそうな時にハザードエリア内にいた場合はトップ画面の背景が警戒色になる。
  • 作成したマイ・タイムラインに基づき、災害時には事前に整理した行動が確認できる。

技術検証

位置情報に基づいた情報発信を行うため、ダミーデータと実データを用いて、ハザードエリアの内外判定を行う技術を検証した(図2、3)。ダミーデータと比べて実データはポリゴンの頂点数が多いため、操作にレンダリングが間に合わない場合があるが、更新を手動にしたり、地図の操作を無効化したりすることによって対処可能であると考える。

また、実装方法として、PWA(Progressive Web Apps)とすることを検討した。PWAはモバイル向けウェブサイトをスマートフォン向けアプリのように使えるようにする仕組みである。本プロジェクトにおいては、プッシュ通知が使えること、オフライン状態でも利用可能であることが、PWA化のメリットであると考える。

図2 ダミーデータを用いたときのハザードエリア表示
  (左はハザードエリア内にいる場合)
図3 実データを用いたときの表示

課題解決案

著者らはこれまでの調査とワークショップの結果に基づき、つくば市防災アプリ「ツクソナ」のプロトタイプを制作した。なお、制作期間は約2週間、プロトタイピングにはAdobe XDを用いた。

本アプリの特徴は次の2点である。

1つ目は、つくば市の防災に関する情報がまとまっていることである。つくば市専用のアプリとして、つくば市役所が発信する情報(ウェブサイトやTwitterなど)を整理して一覧にすることで、災害時につくば市内の情報を簡単に入手できるようにした。これは、情報が多く分かりづらいなどの市民の声があり、情報が溢れている現状を改善するものであると考える。

2つ目は、パーソナライズできる点である(プロトタイプでは未実装)。調査やワークショップの結果、災害への対策状況や居住地の災害危険性、家族構成などが異なると必要な情報も異なることが分かった。そのため、自ら避難判断できるようにするためには、市民それぞれに合わせた情報を発信する必要がある。そこで、各自が必要な情報を得られるようにカスタマイズできる機能を提案する。具体的には、事前に作成したマイ・タイムラインに基づき、災害時には警戒レベルに応じて必要な情報が出てくる機能や、マイ・タイムラインの見直しタイミングをリマインドしてくれる機能などが考えられる。さらに、ハザードエリア内外判定技術を利用し、災害が発生する際にハザードエリア内にいた場合は、アプリの画面の背景が警戒色になる機能も提案する。

以上の機能により、つくば市内の情報へのアクセスが簡単になり、個人に合わせた情報発信がなされることで、市民自らによる適切な避難判断が行われることが期待できる。