研究者情報
中村 彩音
近年、自家用車の過剰利用により、道路渋滞や環境汚染 (CO2排出) が重大な社会問題となっている。一方、バスなどの公共交通機関における混雑や長い待ち時間も無視できない問題である。
そこで、客が負担する時間コスト (待ち時間および道路での移動時間) を削減しながらも、同時に環境負荷を低減可能な交通フレームワークの考案と、その運営ポリシーに関する検討は喫緊の課題であると考えられる。
本研究 (参考文献 [1]) では、Park-and-Rideシステムを実装した際に発生する社会コストを評価する包括的な数理モデルのフレームワークを開発している。
Park-and-Rideシステムとは、郊外のハブ拠点に大きな駐車場を設置し、利用客が駐車場に自家用車を停車して公共交通機関 (以下では簡便に「バス」と呼称する) に乗り換えて都市の中心部に移動する仕組みである [2]。 Park-and-Rideの実装により、道路上の車両数が削減されることから、交通渋滞の緩和とともに移動時間が短くなり、さらに環境負荷の低減も期待できる。
Park-and-Rideシステムを評価する数理モデルを構築するにあたり、既存研究に基づき、以下の三つの仮説を立てる。
仮説1. バスが到着するまでの客の待ち時間と道路での車両の移動時間には負の相関が存在する [3]
仮説2. 道路での車両の移動時間と車両による道路排出量には正の相関が存在する [4]
仮説3. (仮説1・2より) Park-and-Rideシステムの最適なバス運行ポリシーは、相互にトレードオフ関係のある以下の三要素に依存する
1. バスが到着するまでの客の待ち時間
2. 道路での車両の移動時間
3. 車両による道路排出量
以上のような背景がありながらも、これまでに、Park-and-Rideシステムにおける仮説3の三つの社会コストを全て公平に評価し、最適なバス運行ポリシーについて提言している研究は存在しない。
上記の三つの仮説をもとに、Park-and-Rideシステムにおける時間コストと環境コストの双方を考慮した社会コストを評価可能な数理モデルのフレームワークを構築する (詳細は「方法」を参照)。さらに、各経路に対する移動需要や自家用車の利用率などに応じた、社会コストを最小化する最適なPark-and-Rideの運行ポリシー (バスの発車頻度・最大容量) を計算する手法を提案する。
構築した数理モデルを用いて、つくば市におけるPark-and-Ride実装のケーススタディを試みる。提案した最適なバス運行ポリシーの下で、どの程度社会コストを削減することが可能かについて検証する (詳細は「結果」を参照)。
Park-and-Rideシステムの性能評価のおおまかな流れを三つの段階に分けて説明する。
① 客と車両の双方の挙動を表現可能な多次元確率過程モデル (待ち行列モデル) を構築し、その近似解析1およびシミュレーションを実行する (詳細は論文 [1] の3.1節を参照)
◇ 以下の三つの指標を、移動需要・自家用車の利用率 (=Park-and-Rideシステムを利用しない客の割合)・バスの発車頻度 (一定間隔)・バスの最大容量などの様々なシナリオに応じて計算する
1. バスが到着するまでの客の平均待ち時間
2. 道路での車両走行速度および平均移動時間 (待ち行列理論の枠組みにおける交通フローの表現手法 [5] を取り入れることにより計算可能)
3. 平均総所要時間 (=客の平均待ち時間+道路での平均移動時間)
◇ 本モデルのインプットとして、現状における車両の平均移動時間を用い、論文 [5] の手法により道路における車両の最高密度を算出することにより、上記の各指標の計算が可能となる (現状における車両の平均移動時間は実データから計測する)
② 環境モデル MEET (The Methodologies for Estimating Air Pollutant Emissions from Transport、論文 [6]を参照) により、走行車両の総道路排出量を計算する
◇ MEETモデルのインプットとして手順①で算出した道路での車両走行速度および平均移動時間を用いる
◇ 車両の最大容量が大きい (つまり車両の重量が大きい) ほど、道路排出量は高い値をとる
③ 手順①および手順②のアウトプットを用いて、時間コストと環境コストをまとめて金銭コスト (int’l $) に変換した提案指標であるSCETT (Social Cost of Emissions and total Trip Time) を計算し、各シナリオにおけるPark-and-Rideの運行がもたらす社会コストを推定する
SCETT (int’l $) = σ × (ある時間間隔Iに発生するCO2排出量 (手順②により導出))
+ π × (ある時間間隔Iに発生する客の平均総所要時間 (手順①により導出))
ただし、σ (int’l $/gram of emission) はあるCO2排出量が社会に与える負荷を金銭コストとして計算するSCC (Social Cost of CO2) を意味し、本研究では二通りのモデル (FUNDモデル・RICEモデル) を用いて検証を行う (SCCの詳細については論文 [7] を参照)。また、π (int’l $/time) は単位時間あたりの社会生産性を表し、具体的な値は論文 [8] を参照する。
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1 モデルの解析において、道路上の車両の最高密度を、走行時間の実データから推定するため、ある簡便な近似方法を用いている (本記事内では詳細は割愛)。「結果」で後述する通り、モデルの近似解析の結果と実際の挙動を反映したシミュレーション結果が極めて近いことからその妥当性が確認できる。なお、解析はシミュレーションと比較して主に計算時間の面での優位性があり、バスの最適な発車頻度・最大容量の推定の際にもこの解析結果を利用する。
本研究では、つくば市を5エリアに分割して、それぞれのエリアのハブ拠点にPark-and-Rideの駐車場を配置し、つくばセンターとの往復経路にバスを走らせるシナリオを想定する。後述の通り、つくば市は自家用車の利用率が極めて高い都市であり、Park-and-Ride導入の効果を検証するのに適していると判断した。図1の緑色の点がハブ拠点 (一番上から時計回り順に筑波、桜、茅崎、谷田部、大穂) を表し、赤色の点がつくばセンターを表す。また、青色の線はPark-and-Rideシステムのバスが通過するバス路線を示している。
分析データとしては、2018年の東京都市圏パーソントリップ調査 (URL:https://www.tokyo-pt.jp/) を使用した。本データのゾーンコードを用いてつくば市を5エリアに分割するとともに、各エリアのハブとつくばセンター間の双方向の現状の移動需要と自家用車の使用率を計算した。さらに、本データセットを用いて、現状における各経路の車両の平均走行時間を計算し、提案手法の手順①のインプットとして利用した。
図1:ケーススタディに用いたつくば市の地図
(論文 [1] のFig. 5より引用)
「使用データ」にて説明した通り、つくば市の5エリアを対象としたケーススタディを実施した。全エリアにおける現状の平均的な自家用車の使用率は95%弱である。また、本研究のケーススタディでは1日 (24時間) を6つのタイムゾーンに分割し、それぞれのタイムゾーンごとの現状の移動時間などを算出した上で、I=4とした際の平均総所要時間・総道路排出量・SCETTを計算した。バスの発車頻度や最大容量、さらに自家用車の使用率が変化した状況など、様々なシナリオに対して提案手法による分析を行った。
図2はつくば市全域の現状の移動需要・標準的なバスの運行頻度および最大容量において、様々な自家用車の使用率 (すなわちPark-and-Rideシステムを使用しない人の割合) を想定した下での、平均道路排出量 (gram/4 hour) および平均総所要時間 (=平均待ち時間+平均移動時間) (hour) を示している (図2の結果は全てのタイムゾーンでの結果の平均をとったものであり、詳細なパラメータ設定などは論文 [1]を参照されたい)。なお、黒線・赤線は提案手法による解析結果 (平均道路排出量と平均総所要時間) であり、黄点・青点は現状の自家用車の使用率における各指標を実データから算出したものである。提案手法による解析結果が実データによる結果と極めて近い値をとっていることから、提案手法の妥当性が確認できる。
図2:自家用車使用率に対する平均道路排出量 (gram/4 hour) および平均総所要時間 (hour)
(論文 [1]のFig. 6より引用)
図3は、提案手法①の待ち行列モデルにより計算した平均待ち時間と平均移動時間の解析結果およびシミュレーション結果をプロットしている (パラメータ設定は図2と同様)。両者が極めて近い値をとることから解析解の妥当性が確認できる。また、自家用車の利用率が高くなるほど待ち時間が減少・移動時間が増加することから、仮説1が支持されることも読み取れる。
図3:平均待ち時間と平均移動時間の解析結果およびシミュレーション結果
(論文 [1]のFig. 10より引用)
本研究では、提案した社会コストの指標であるSCETTを最小化するようなバスの発車頻度と最大容量の組み合わせを提案する。具体的には、以下を数値的に求める。
argmin Σ Σ (タイムゾーンi, 経路j)におけるSCETT
(バスの発車頻度,バスの最大容量) i∈タイムゾーンの集合 j∈経路の集合
図4は、上記の方法により算出した、各エリアにおいて自家用車の利用率に対してSCETTを最小化させる最適なバスの発車頻度 (本数/1時間) ・最大容量 (人数) の組み合わせを出力している。SCCはFUNDモデルを仮定し、Hub Numberに関しては1: 筑波 2: 大穂 3: 谷田部 4: 桜 5: 茅崎 を意味する。計算結果から、全ハブに共通して、自家用車の利用率が高い際には低頻度・小容量のバス運行が最適であることが読み取れる。これは、バス (Park-and-Rideシステム) の利用客が少なく待ち時間が小さいと予測される際は、バスの発車頻度を減らすことで道路渋滞を緩和し、なおかつ軽容量のバス車両を導入することで環境負荷を低減することが望ましいことを意味している。さらに、最適なバス運行ポリシーの下で、自家用車の利用率が現状 (約95%) よりも低くなるとSCETTがより削減可能であることも示されている。これは、現状においてつくば市の道路はすでにオーバーフロー状態であることを意味しており、脱自動車社会への移行の重要性を示唆する結果である。
図4:各ハブ (1: 筑波 2: 大穂 3: 谷田部 4: 桜 5: 茅崎) における Park-and-Rideのバスの最適な運行ポリシー (発車頻度 (本数/1時間) ・最大容量 (人数)) と対応する社会コスト (SCETT)
(論文 [1]のFig. 11より引用)
図5は、各エリアにおいて提案した最適なバスの運行ポリシーを導入した場合、現状と比較して、1日あたりにどの程度のSCETTの削減が可能かを可視化している。提案手法により、概ね30%程度の社会コスト削減が可能となることが明らかになった。
図5:提案したPark-and-Rideのバス運行ポリシーを導入した際の1日あたりの社会コスト (SCETT) 削減効果 (SCCにFUNDモデルとRICEモデルの二通りを用いて検証)
(論文 [1]のFig. 13より引用)
本研究では、Park-and-Rideシステムにおいて、客の所要時間と環境負荷を公平に評価可能な社会コスト (SCETT; Social Cost of Emissions and total Trip Time) を考案し、本指標を推定する数理モデルのフレームワークを構築した。さらに、社会コストを最小化させる最適なバスの運行ポリシー (発車頻度・最大容量) を導出する手法を提案した。
提案手法を用いて、つくば市におけるPark-and-Ride運行のケーススタディを実施した。数値実験により、最適なバスの運行ポリシーの下では現状から社会コストを約30%削減させられることや、自家用車の利用率が現状より減少した場合には社会コストがさらに削減可能であることなどを示した。
本研究ではマクロな視点から、人・自家用車・バスの挙動をモデル化し、待ち時間・移動時間・環境負荷の分析を行った。今後の可能性として、料金や待ち時間などのサービスクオリティに依存した、より精緻な客の行動をモデルに取り入れることが考えられる。また、今回は一定間隔のバスの発車を仮定したが、より複雑な発車ポリシー (例えば、ある一定人数以上集まった条件下で発車するようなデマンド型交通システム) を取り入れることで、さらに有益な示唆が得られるかもしれない。
当記事は以下の論文を纏めたものである。
Nakamura, A., Ferracina, F., Sakata, N., Noguchi, T., Ando, H. Reducing Total Trip Time and Vehicle Emission through Park-and-Ride — Methods and Case-Study, Journal of Cleaner Production, 493, 144860, 2025.本研究は、東北大学 材料科学高等研究所とUCLA (University of California, Los Angeles) のIPAM (Institute for Pure & Applied Mathematics) が共催している国際型リサーチインターンシップ「G-RIPS Sendai 2022 (Graduate-level Research in Industrial Projects for Students) 」における、F-MIRAI (筑波大学未来社会工学開発研究センター) プロジェクトの活動から着想を得たものである。F-MIRAI プロジェクトの日米の参加者は、インターンシップ終了後もゆっくりとしたペースで共同研究を続けていたが、個々の博士後期課程での研究や仕事と両立しながら (さらに時差もある状況で) 研究を進めるのは容易ではなかった。そんな折に、当記事の執筆者は2024年度に筑波大学 データサイエンス・エキスパート・プログラムを履修し、海外留学研究支援を受ける機会に恵まれた。本支援制度を利用し、共同研究者のFerracina氏が所属していたWashington State University (ワシントン州立大学) に留学し、研究に関してじっくり直接議論する時間を取ることがでた。これにより止まりかけていた本研究を再開させるとともに、現地の研究者の協力の下で新しい研究のスタートアップや自身の博士論文に関するディスカッションもすることができ、個人的にも博士後期課程最後の年に貴重な経験ができたと感じている。本研究を進めるにあたって大変お世話になったG-RIPS Sendai、F-MIRAI、MDA教育推進室、Washington State University の関係者の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げる。
余談だが、当記事の執筆者は自身の博士課程における研究の一環として、オンデマンドバスなどのグループでサービスを受けるシステムにおいて「長い待ち時間の客に低い料金を課す」ことで客間の公平性を向上させるようなダイナミックプライシングモデルの解析に取り組んでいた (論文 [9] を参照)。時間コスト・金銭コストの双方に依存した期待個人総コストを最小化させるような戦略的な客の行動をゲーム理論の枠組みを用いて取り入れ、本モデルに対するアルゴリズミックな解析手法を提案した。しかし、当該研究 [9] では、車両のダイナミクスまでは考慮することができておらず、道路渋滞や環境負荷に関しては考えられていない。様々な観点をひとつのモデルに全て組み込むことは容易ではないと思われるが、もしもそれが実現できたときには、社会にとってより重要な示唆が得られる可能性は高いかもしれない。
[1] Nakamura, A., Ferracina, F., Sakata, N., Noguchi, T., Ando, H. Reducing Total Trip Time and Vehicle Emission through Park-and-Ride — Methods and Case-Study, Journal of Cleaner Production, 493, 144860, 2025.
[2] Ortega, J., Tóth, J., Péter, T. Planning a Park and Ride System: A Literature Review, Future Transportation, 1, 82-98, 2021.
[3] Zhang, L., Wang, Y.P., Sun, J. et al. The Sightseeing Bus Schedule Optimization under Park and Ride System in Tourist Attractions. Annals of Operations Research, 273, 587-605 2019.
[4] Lin, J., Lin, W. Transportation System Vulnerability Assessment considering Environmental Impact, Journal of Advanced Transportation, 8711894, 2022.
[5] Vandaele, N., Woensel, T.V., Verbruggen, A. A Queueing based Traffic Flow Model,
Transportation Research Part D: Transport and Environment, 5 (2), 121-135, 2000.
[6] Hickman, J., Hassel, D., Joumard, R., Samaras, Z., Sorenson, S. Methodology for calculating transport emissions and energy consumption, 1999.
[7] Anthoff, D., Emmerling, J. Inequality and the Social Cost of Carbon, Journal of the Association of Environmental and Resource Economists, 6(2), 243-273, 2019.
[8] Feenstra, R. C., Inklaar, R., Timmer, M. P. The Next Generation of the Penn World Table. American economic review, 105(10), 3150-3182, 2015.
[9] Nakamura, A., Phung-Duc, T. Fair and Efficient Sharing: Dynamic Pricing Control for Batch Service System with Strategic Customers, Transportation Research Part C: Emerging Technologies, 171, 104994, 2025.