研究者情報
下妻 康平(指導教員: 木下 陽平)
急速な都市の発展に伴い、世界各地で地盤沈下が進行してきた。20世紀の間に東京では4m以上、上海、バンコク、ジャカルタ、ニューオリンズでは2~3mの沈下があったと言われている(Nicholls et al, 2021)。現在でもメキシコシティでは最大約50cm/yr (Simon, 2021)、ジャカルタでは約25cm/yrもの速さで沈下が進行しており(Simon, 2019)、地盤沈下は世界中に遍在する環境問題といえる。
地盤沈下は他の災害と比べて非常に緩やかに進行するが、長期間進行し続け、多くの場合不可逆的である。そのため、将来的には甚大な被害を及ぼす可能性を持つ。具体的には、
などの悪影響を引き起こす。被害を低減するためにも、被害が生じる前に地盤沈下を認知し、災害リスクを評価することは重要である。
しかし現時点では、任意の都市において地盤沈下による災害リスク評価をできるような手法は開発されていない。
そこで研究目的を「リモートセンシング技術を用いて地盤沈下を検出し、複数の都市に適用できる、地盤沈下が社会に及ぼす災害リスク評価手法の開発およびリスク評価を行うこと」とした。本研究ではリモートセンシング技術のひとつである「InSAR(Interferometry Synthetic Aperture Rader)」を使用しており、
という特徴をもっており、地表面変位のモニタニングに適している。
※なお卒業研究ではリスク評価にまでは至らず、地盤沈下にさらされる人口や建物面積の推測までを行った。
本研究では、災害リスク=「将来のある期間内に生じると予想される損失」と定義した。また、「災害リスクはHazard, Exposure, Vulnerabilityの3要素がそろうと生じる」と考えるリスクモデルを使用して災害リスク評価を目指した。
地盤沈下による影響は多岐にわたり、すべての影響を評価するのは困難である。Kok and Costa(2021)によると、自然災害の影響は直接的(direct)か間接的(indirect)か、市場で売買できる(market)か売買できない(non-market)かで4つに分けられる。本研究では、地盤沈下による影響のうち、Direct marketに分類される、建物の損害を対象都市、地盤沈下による建物の経済的損失を評価することを試みた。
本研究におけるHazard,Exposure,Vulnerabilityの意味は以下の通りである。
しかしVulnerabilityのモデル化が実現できず、卒業研究ではExposureの推測までを行った。
5つのメガシティ(東京、名古屋、大阪、ジャカルタ、マニラ)を対象に、衛星リモートセンシング技術「InSAR」を用いて地盤沈下規模を推定した。InSARとは、衛星からマイクロ波を地表に放射し、地表面変位を観測することができる技術である。
本研究ではSAR(Synthetic Aperture Rader)衛星「Sentinel-1」の自動干渉システム「LiCSAR」によって生成されたInSARデータを用いた。InSARでは、SAR衛星による2回の観測間に発生した、SAR衛星が受信するマイクロ波の位相変化を示す「干渉画像」が生成される。干渉画像に記録された位相変化を視線方向(衛星-地表間の方向)の距離変化に変換することで、観測間に生じた視線方向の地表面変位量を得ることができる。本研究では「LiCSBAS」というInSARデータの時系列解析が可能なパッケージを使用し、LiCSARによって生成された複数の干渉画像から視線方向の地表面変位速度を推定した。
続いて2.5次元解析(Fujiwara et al., 2000)という手法を用いて、地表面の視線方向速度から鉛直方向速度(地盤沈下速度)を推定した。
さらに平均最大角法(esri, 参照日: 2022/1/1)を用いて、求めた鉛直方向速度をもとに沈下速度勾配の推定も行った。
以上のように求めた鉛直方向速度と沈下速度勾配を用いて、Hazardの有無を判定した。
文献調査をもとに、Hazardが存在するとみなす地盤沈下量および沈下勾配の閾値を以下の表のように設定した。
なお、地盤沈下量と沈下勾配は一定のスピードで進行すると仮定し、それぞれ鉛直方向速度、沈下速度勾配と期間の積で求めた。閾値を超える地盤沈下量、沈下勾配を持つ地点がHazardエリアとなる。
続いて、各行政区域(東京都、愛知県、大阪府、ジャカルタ首都特別州、マニラ首都圏)において、Hazardエリアに存在する建物の面積および人口(Exposure)を推測した。建物および人口の分布データは、それぞれDLR(ドイツ航空宇宙センター)が提供しているWSF(World Settlement Footprint)2019、WorldPopが提供しているPopulation Counts 2020を使用した。
図4,5に推定した鉛直変位速度と沈下勾配速度の例を示す。
日本のメガシティでは、荒川や木曽川といった比較的大きな河川や京都付近の盆地で小規模な沈下が検出された。一方、ジャカルタやマニラでは年間30mmを超える顕著な沈下が検出された。なお、数mm/yr程度の微小な変動は、本来の地表面変位を反映したものではなく、ノイズ(大気や植生などの影響による誤差)である可能性もある。
また、鉛直方向の速度が大きい地点ほど沈下速度勾配も大きい傾向がみられる。多くの地点で沈下速度勾配は0.001°/yr以下となった。LiCSBASによって得られる地表面変位速度分布の解像度は約100mであり、1つのピクセル内における勾配を推定することができないため、実際にはピクセルレベル以下で局所的な勾配が生じている可能性もある。
解析を行った5つのメガシティのうち、最も沈下が顕著にみられたジャカルタの将来的なHazardとExposureの推定結果(図6,7)を示す。
5つの行政区域でのExposure推定結果を比較すると、日本のメガシティと東南アジアのメガシティの間に明らかな差が確認できた(図7)。東京都、愛知県、大阪府ではExposureが全体の1%前後となっている一方で、ジャカルタ首都特別州では約35%、マニラ首都圏では約15%となった。
今回の研究では、
また、この記事は以下の論文を要約したものです。
下妻 康平(2022)、リモートセンシング技術を用いたメガシティでの地盤沈下による災害リスク評価、2021年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文