研究者情報
筑波⼤学TA 森正晴 ⼭下穂乃果 吉岡聖
高校生活において,午前中の授業は心身ともにエネルギーを激しく消耗するため,昼食前の 3〜4 時間目の休み時間には空腹を感じることが日常となっている。
この対策として,短時間で手軽に食べられる「おにぎり」を食べる習慣があるが,限られた休み時間の中で,心の「満足感」と体の「満腹感」を最大化することは,午後の活動の質を維持する上で非常に重要である。
そこで本研究では,単なる感覚や気分で選ぶのではなく,栄養,価格,そして好みを考慮した「数理最適化モデル」を作ることを目的とする。
このモデルによって導き出された献立を実践し,お小遣いや栄養面の条件をクリアしつつ,満足度の高い「早弁(補食)」習慣の確立を目指す。
最適なおかずを選ぶにあたり,本研究では高校生の学校生活や体調に基づいた,以下の 3 つの制約条件を設定する。
(1) 食べる状況による制限(こぼれにくさ)
月曜日の 3 時間目直後は,体育の授業へ向かう移動中に食べる必要がある。歩きながら食べることになるため,
揺れたり傾けたりしても具がこぼれ落ちない「食べやすさ」が必須条件となる。
(2) 運動による栄養ニーズの変化(塩分補給)
体育がある月・火・木曜日は,運動による発汗とエネルギー消費が予想される。そのため,体内のバランスを整え,
体力的にも満足感を得られるよう,普段より塩分が多く含まれるおかずが必要となる。
(3) 飽きずに続けるための工夫(バラエティ)
数理モデルの答えが特定のおかずに偏ってしまうと,味に慣れて「飽き」がきてしまい,長続きしない。
高い満足度を維持するためには,同じおかずや似た味が続かないようにし,献立に変化を持たせる必要がある。
また,食事内容がその後の体調や集中力に与える影響を定量的に評価するためには,客観的な指標が必要である。
その一つとして,食品摂取後の血糖値の上昇度合いを表す GI 値が用いられている。
GI 値とは,食品を摂取した後の血糖値の上昇度合いを示す指標であり,基準となる食品(通常はブドウ糖または白米)を 100 として相対的に表される。
一般に GI 値の高い食品は血糖値を急激に上昇させ,食後の眠気や空腹感を引き起こしやすいとされている。
一方,GI 値の低い食品は血糖値の上昇が緩やかであり,腹持ちが良く,午後の授業への集中力維持に寄与すると考えられる。
本研究では,高校生の午後の学習効率を考慮し,GI 値を健康面の評価指標として採用し,目的関数においてペナルティ項として扱う。
本章では,集合と定数,決定変数を定義し,1 ヶ月分のおにぎりのおかず最適化問題を定式化する。
∀xrd ∈ {0,1}
日にち d においておかず r が選ばれる場合 1,そうでない場合 0 とする。
好みと GI 値のバランスを最適化するため,以下の目的関数を最大化する。
ここで,α は好みに対する重み,β は GI 値に対するペナルティの重みを表す。
max ∑d∈D ∑r∈R(α・Lr − β・Gr)・xrd
(1) 月曜日はこぼれやすいおかずを選択しない
∀r ∈ Rk ∑d∈Dmon xrd = 0
(2) 同じおかずは月に 2 回以下とする
∀r ∈ R ∑d∈D xrd ≤ 2
(3) おかずは 2 日連続で使用しない
∀r ∈ R, ∀d ∈ D xrd + xr,d+1 ≤ 1
(4) 月,火,木曜は塩分 1.5g 以上とする(下限 1.5g は [1] を参考に算出した。)
∀d ∈ Dp ∑r∈R Sr・xrd ≥ 1.5
(5) おかずは 1 日 1 種類とする
∀d ∈ D ∑r∈R xrd = 1
(6) おかずの値段の合計を月に 500 円以下にする
∑r∈R ∑d∈D pr・xrd ≤ 500
本章では,数値実験の設定および結果について述べる。なお,実験環境として Google Colaboratory を用い,ソルバーには PuLP を使用した。
本実験では,実際の市販価格 [2] や栄養成分表示を参考に作成した人工データを使用した。概要は以下の通りである。
目的関数の重み係数 α(好み)と β(GI 値へのペナルティ)の値を変更し,以下の 2 つのケースで比較を行った。
ケース 1(バランス型):α = 0.5,β = 0.5
ケース 2(低 GI・腹持ち重視型):α = 0.1,β = 0.9
表 1 および表 2 に,それぞれのパラメータ設定における最適化結果(20 日分)を示す。
表 1 数値実験の結果:ケース 1(α = 0.5,β = 0.5)
| Week | Mon | Tue | Wed | Thu | Fri |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 高菜 | チャーハン | のりたま | 塩 | そぼろ |
| 2 | 塩 | 高菜 | のりたま | 焼きおにぎり | ツナマヨ |
| 3 | 炊き込み | すき焼き | 唐揚げ | すき焼き | そぼろ |
| 4 | 焼きおにぎり | チャーハン | 唐揚げ | 炊き込み | ツナマヨ |
| 合計 | 444 円 |
表 2 数値実験の結果:ケース 2(α = 0.1,β = 0.9)
| Week | Mon | Tue | Wed | Thu | Fri |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | すき焼き | 焼きおにぎり | 高菜 | 塩 | のりたま |
| 2 | 炊き込み | 焼きおにぎり | のりたま | チャーハン | 唐揚げ |
| 3 | すき焼き | 炊き込み | そぼろ | 明太子 | そぼろ |
| 4 | 焼きたらこ | 明太子 | 唐揚げ | チャーハン | 塩 |
| 合計 | 492 円 |
実験の結果,いずれのケースにおいても予算(500 円)および全ての制約条件を満たす解が得られた。
ケース 1(表 1)と比較し,GI 値へのペナルティを重く設定したケース 2(表 2)では,合計金額が 444 円から 492 円へと上昇した。
これは,低 GI かつ満足度の高い食材(明太子や焼きたらこ等)が比較的高価である傾向にあるため,GI 値を下げる構成を模索した結果,
予算上限(500 円)ギリギリまでコストを要したためと考えられる。
また,ケース 2 では GI 値の高い「塩(GI:80)」へのペナルティが大きいにも関わらず,Day 4 と Day 20 の 2 回選択されている。
これは,他の日で高価な低 GI 食材を選択した結果,予算制約を守るために極めて安価な(0.02 円)食材を選択せざるを得なかったためと推察され,
数理モデルが「栄養」と「予算」のトレードオフを厳密に処理していることを示唆している。
なお,両ケースともに,体育のある日(月・火・木)は塩分量の高いメニューが,月曜日はこぼれにくいメニュー(チャーハン,すき焼き等)が選択されており,
生活スタイルに基づく制約が有効に機能していることが確認できた。
本研究では,おにぎりのおかず選択問題を,栄養バランス,嗜好性,予算,および学校生活特有の制約(移動教室等)を考慮した数理最適化問題として定式化した。
数値実験の結果,月額 500 円という厳しい予算制約下においても,制約条件を満たしつつ目的(好みと GI 値のバランス)を最大化する献立を作成可能であることが示された。
特に,GI 値を重視する設定においては,予算内でより健康的な食事を選択しようとするモデルの挙動が確認された。
今後の展望として,今回は主観に基づいて設定した「好み」のパラメータを,喫食後のフィードバックを元に動的に更新する仕組みの導入や,
栄養素(タンパク質や脂質など)の制約項目の追加により,より汎用的かつ健康的なモデルへと拡張することが挙げられる。
[1] 厚生労働省. “各論:栄養・食生活”. 健康日本 21(21 世紀における国民健康づくり運動). https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b1f.html,(参照 2025-08-06).
[2] おねだんノート. “野菜の価格推移”. https://onedannote.com/,(参照 2025-08-06).